賓日館
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賓日館概要

賓日館は明治20年、伊勢神宮に参拝する賓客の休憩・宿泊施設として、神宮の崇敬団体・神苑会によって建設されました。
明治天皇の母であられる英照皇太后のご宿泊に間に合うようにと、明治19年12月に着工、翌年2月19日に竣工。
これほどの短期間で格調高い建物が完成したのは驚異といえましょう。
その後、明治末期から大正初期にかけてと昭和初期の2回の大増改築を重ね、現在の状態となったのです。

明治24年7月29日から3週間余り、ご幼少時の大正天皇(明宮嘉仁親王)が避暑や療養、水泳訓練などを兼ねて滞在されたのをはじめ、歴代諸皇族、各界要人が数多く宿泊されました。
そして明治44年2月には隣接する二見館(三重県初の政府登録国際観光ホテル)に払い下げられ、二見館の別館として平成11年まで貴人の宿泊所とされてきました。
二見館の休業後、平成15年に二見町に寄贈。 賓日館では、建物だけでなく庭園も含めて、当時一流の建築家による品格のある洗練されたデザイン、選び抜かれた材料やそれに応える職人たちの技など、日本の伝統建築の粋を目の当たりにすることができます。

建築学的見地からだけでなく、明治から大正、昭和、平成へと二見町の近代史を語り伝える国指定重要文化財です。


賓日館のあゆみ
1882年 【明治15年10月19日】
二見立石浜が日本最初の海水浴場として国指定される。
1884年 【明治17年】
旧二見館前に海水浴場が移設され、二見館に海水温浴設備が設けられる。
1886年 【明治19年】
神宮の崇敬団体・財団法人神苑会が発足、12月に賓日館の工事着工。
1887年 【明治20年2月19日】
賓日館完成。
1887年 【明治20年3月7日】
英照皇太后がご宿泊。
1891年 【明治24年7月29日〜8月20日】
後の大正天皇・明宮嘉仁親王が避暑、療養、臨海学校の目的でご滞在。
1903年 【明治36年6月】
山田、二見間の電車・神都線が開通。
1905年 【明治38年】
新道完成。旧茶屋街から現在の旅館街へ移動がはじまる。
1909年 【明治42年】
宇治山田倉田山の神宮徴古館に賓日館の陳列物が移設。
1911年 【明治44年2月】
賓日館が二見館別館となる。
1911年 【明治44年7月21日】
国鉄参宮線開通。
明治末期〜大正初年
初めての賓日館大増改築。創建当時の規模で玄関棟と西棟を2階建てにする。
1930年〜1936年 【昭和5年〜昭和11年】
2回目の賓日館大増改築。
神宮式年遷宮で主任技師を務めた建築家・大江新太郎と塩野庄四郎による設計監理。
現在の賓日館に近い見取り図となる。
1984年 【昭和59年3月26日】
礼宮文仁親王殿下(現秋篠宮殿下)がご来館、庭園北側にて記念植樹。
1997年 【平成9年9月16日】
国の登録有形文化財に認定される。
1999年 【平成11年11月30日】
二見館休業に伴い賓日館も宿泊施設としての役割を終える。
2003年 【平成15年】
賓日館が二見町に寄贈される。
2003年 【平成15年11月3日】
賓日館が資料館として開館。
2004年 【平成16年3月17日】
県の有形文化財に指定される。
2010年 【平成22年】
国の重要文化財に指定される。
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